いつまでも、落ち込んでなんかいられない

吊り構造から美を生み出すことが得意なアメリカのサーリネン親子。ネットエ法のドームで有名なロバート・フーラー。そしてフランスのル・コルビジェ・日本の建築家はみんな憧れて手本とした。西洋の文化を取り入れ、発展、昇華させてきたのである。それは私だって、おなじこと。しかし、今回はそうじゃない。二十歳そこそこの名もない若者が、ほとばしる情熱と才能をぶつけて、必死でコンペティションに挑んだ受賞作品である。ご自身がすでに立派な建築事務所を構えていて、大手企業から巨額のカネが出て、実現可能だからといって、それをそっくり真似するというのは、先行する建築家として、あまりにも卑劣すぎる。紳士協定にも反する行為である。「生活産業館」も「政府館」も何とか間に合い、万博が開幕に漕ぎつけたとき。私は、誰もが喜びを交わし合う万博会場に、私がパースで描いたのと同じ、ひときわ目立つ蓮の花のパビリオンを見つけた。そして、その前で血のにじむような悔し涙を流したのを覚えている。この世界にはこんな醜い面もあるんだ。K氏が、そういう世界で生きるなら、私はもっと、別の世界で頑張っていこう。もっと人間らしい、人間を信じられる世界で。そう、人が住む住生活を中心とした世界で……。そう思えば、挫折感は和らぎ、新たな道が開かれていくようにさえ感じられた。■いつまでも、落ち込んでなんかいられない。

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