私には、いつまでも落ち込んでいる暇などなかった。開幕したからといって、万博における私の仕事がなくなったわけではないのだ。全体プロデュースをされていた浜口先生の補佐としての仕事や、「生活産業館」のランニングの管理もある。ブースのディスプレイ・デザインも兼ねていたから責任も重い。ところが、ある事務機器会社のディスプレイは、かなり凝ったせいか、年がら年中故障した。空港の飛行機発着時間を知らせる電動プレート式掲示板とおなじ機械を使って、ビジネスマンの一日をアニメーション的に見せる演出だったのだが、これがすぐ止まってしまうのだ。で、そのわきには、女性秘書に扮したコンパニオンがいる。当時はまだ巨大だったコンピュータを、コンパクトに組み込んだ未来型のセクレタリーデスクをデザインしたもので、彼女は、ヘッドフォンつきの椅子に座っているという寸法。84忙しい中ちょっとでも時間があけば、話題の「アメリカ館」や「フランス館」に行きたくてムズムズしていたのに、このコンパニオン嬢が、私を追いかけてきて、「先生、また止まっちゃったんです。スグ直してください」。私はしぶしぶ工具持参で修理に行く。デザイナーなのか、メンテナンスマンなのかわからない。万博前に、忙しくなるからと雇った三人のスタッフたちは、「フランス館」に入り浸り。ついには勝手に休暇を取って一週間も行方不明である。