よい建築物

文化・社会・政治・心理・技術・通信・愛……カネノー.これらすべてのバランスがとれなければ、よい建築物は建たない。しかし、それが、信じられる人間のための建築物でないとしたら、どんなにつまらないか。万博という異常な世界と、そうしたムードに染まっていく人々にうんざりする私の心のよりどころとなっていた。私は、彼女の両親にあって、結婚を承諾してもらおうと思った。ところが、地元大阪に住む彼女の両親は、どこの馬の骨ともわからない私になど、娘はやれないと息巻いた。何とか時間をやりくりして、何度も足を運んだが、許しはもらえない。スポーツマンであった父親には髭も悪かった。東京の建築家だか万博のデザイナーだか知らないが、ヒッピーみたいな髭を生やしている男なんか信用できないというのである。私にとって、髭はもはや仕事に欠かすことのできないものとなっていた。恥をしのんで髭を生やした経緯を事細かに話すと、「娘はくれてやるが、結婚式には出ない」とくる。「剃ったら、出席してくれますか?」と聞くと、「そこまでするなら」とおっしゃる。本当は、可愛い娘をヤクザな稼業の建築家などにやりたくなかったのだろう。最後まで二人の真意を確かめていたのだ。昭和四十六年(一九七二二月十八日、私は、髭を剃り落として結婚式に臨んだ。万博以降に知り合った人たちが、みんな私に気付かず通り過ぎていく……、幽霊になったらきっとこんな感じかも知れないなどと、結婚式なのにずいぶんと不謹慎なことを考えて金昇風の前に立っていたのである。さて、会社の売り上げは、万博があった年、一気に跳ね上がった。翌年税金をガーンと持っていかれて、結婚式でスッカラカンになった。

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