新婚旅行とは名ばかりの箱根の温泉旅館では、新婦と二人、伝票を整理して、決算帳簿をつくっていた。彼女は、文句も言わずにそろばんをしていた。娘をやりたくないと言った、父上の気持ちが、いまは本当によくわかる。私の新婚生活は、後楽園の近くの1LDKの小さな小さなアパートから始まることになる。結婚を通して、「朝な夕な」の生活を、初めて肌身で知ることになったのである。■独身時代から闘い続けた住まいの狭さ。日本の住まいの多くが、その狭さと闘っている。持ち家でも、賃貸のマンションやアパートでも、その狭さに悩んでいる人は多い。それは私自身の住まいの苦悩も同じだったからよくわかる。思えば故郷を離れ、大学に通うために初めて一人で暮らしだしたときから、その闘いは始まつしもたやた。中野の仕舞屋、六畳一間の下宿部屋から、一時、生田研究室で会った先輩K氏のフィアンセの家の二階の四畳間(ここに居候してソ連に出発した)、しばらくしてアパートの北西の角部屋の三畳と四畳半二間のアパートに移ったが、そのころにはかなりものが増えていた。建築関係の本や雑誌、製図板も二、三枚はあっただろう。友人たちも入れ替わり立ち替わりやってくる。なんだか、息苦しいなぁと思ったら、一○人近い学生が私の部屋でダベっていたこともある。とはいえ、そこは私も建築学科の学生である。さまざまなアイデアを駆使して、狭い空間をより広く利用する工夫をしていた。